人新生の「資本論」について(書評)

 

 大阪市立大学マルクス経済学を研究されている斎藤幸平さんが書かれた、人新世の「資本論」を読んでみました。

 まずこの本の主張は、無限の利益増殖を目指す経済成長をあきらめ、環境危機を脱することのできる『脱成長』社会を目指すべきだというものです。順を追って説明しましょう。

 前提として、2050年までに脱炭素社会に移行しなければ、地球は深刻なダメージを負い、農業や漁業、人々の住居等々にも甚大な被害が及び、今のような暮らしは私たちやその後の世代にはできなくなるという予測があり、この環境危機を克服することを本書は目指しています。そこでまず最初に浮かぶ疑問は、「何故、経済成長をあきらめなければならないのか?」ということだと思います。その答えは、「経済成長をしながら、環境への影響を減らすことは不可能だから」、というものです。まず、経済成長をするためには資源を採取して、製品を生産し、売らなければなりません。しかしその過程で、多くの二酸化炭素が排出されます。これは太陽光パネルや電気自動車など脱炭素化に必要とされるものも同じです。資本主義下での無尽蔵な消費社会のまま脱炭素化しようとしても、それ以降の過程で大量の二酸化炭素が排出されるという皮肉な事態が起こってしまうのです。では、どうするのか。ここでは、現在の大量生産・大量消費社会にメスを入れることを提案しています。そのためには、その社会を可能にしている資本主義を打破しなければならず、その先に、環境危機を脱することのできる『脱成長』社会があるというのです。(詳しくは省きますが、脱成長の思想は後期マルクスに見られるものであり、著者はマルクス研究からこの考えを発展させています。)

 「では、どうすればそのような社会が可能なのか?」これが第二の疑問だと思います。そのためには、人間が自然へ働きかける特殊な方法である、労働に焦点を当てるべきだと言います。その労働の変化について本書で書かれていることは単純で、以下の5つです。

  1. 使用価値(人間の基本的欲求を満たすものに付与される価値)経済への転換
  2. 労働時間の短縮
  3. 画一的な分業の廃止
  4. 生産過程の民主化
  5. エッセンシャルワークの重視

そしてこれらのことをグローバル規模で成すためには、現実に起こっている気候変動を直視し、その被害に苦しむ人たちの連帯と呼びかけに応じる必要があるとも書かれています。しかしこれをするのが難しい。本書を読み終わったあとには「では、どうしようか?」という思いが読めば読むほど強くなります。確かに具体的な案として、ワーカーズコープや有機農業、労働組合、市民電力などを挙げてはいます。しかし、大きな危機を前にして、本当にそんなことで間に合うのか?根本の解決になっているのか?という焦りが大きくなってしまうことも事実です。この焦りを消し、環境危機を克服するためには、地道で確かな行動と、大きな危機に立ち向かえるだけの団結が必要なのかもしれません。

 

 今回ここに書いた内容は、人新生の「資本論」のほんの一端です。読んでない方は是非読んでみてください。読了後はますますどうすればよいのかわからなくなるのかもしれませんし、反発するかもしれません。しかし、環境危機を克服するためには、著者の道しかないわけではないはずです。この本を読むことで、どのような社会で環境問題を解決しようかと改めて考えることや、そのための行動を促されること、それが本書を読む最大の意義ではないかと思います。そしてこれからの社会を作る人々に、広く読まれて欲しいと、そんな風に思う一冊でした。